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ボーカロイド・オペラ「THE END」の感想のような文


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ボーカロイド・オペラ「THE END」 | ラインナップ | オーチャードホール | Bunkamura
ボーカロイド・オペラ「THE END」を見た人のネット上での感想を読むと、賛否両論。私の正直な感想は、賛の意見を見ると、これ、そんなに凄いかな?という感じ。
個々の要素、映像や音楽には良い点もあるのだけど、なんでこんなに絶賛されているんだろうかと。

これって、初音ミクを知らない人が、初音ミクライブコンサートで盛り上がっている観客を見たときの反応に近いのかもしれない。「どうして、ただのCGと演奏にこんなに盛り上がっているのだろうか。理解出来ない」という反応。
それが盛り上がる理由は、その曲が好きだったり、そのキャラクターが好きだったり、色々と思いは人それぞれだろうけど、初音ミクがそこで歌って踊っていると思いたい人達が集まっているからである。少なくとも自分はそうであるし、多くの人達はそうだと感じている。そんな背景を知らなければ、盛り上がる理由を理解する事は難しいだろう。

そして最初の話に戻ると、私はこのオペラに関する背景を全く知らないと言って良い。オペラの様式も知らないし、制作に関わった音楽家/アーティストの渋谷慶一郎さん、演出家/演劇作家の岡田利規さん、映像作家のYKBXさん、いずれの人の作品も見たことがない。
さらにこの作品では、私が慣れ親しんでいる「初音ミク」の文脈を、おそらく意図的に無視している。少なくとも表面的には。

なので、絶賛している人に見えている背景なり内容なりが、私には見えないのかもしれない。ただ、自分が見えている範囲でも評価したい部分はあるので、その範囲で感想を書きたい。

音響

サラウンド音響は最初は新鮮だったが、途中から新鮮味が薄れ、ヘッドフォンで聞いてるような感覚になった。スピーカーなのにこういう感覚になるのは、凄いことなのかもしれないけれど。
2階席だったので、もしかしたら1階プラチナ席の良い席だと、また違って聞こえたのしれない。

音楽

ノイズの使い方が印象的だった。劇半的な曲はあまり印象に残ってないが、初音ミクが歌っている曲は印象に残っている。特に、ドラゴンのような姿になってるパートの曲が感動的な音だった。でも、初音ミクの歌声が伴奏にかき消されて、そこが残念だった。もしかしたら音響の問題かもしれないが。
あと最後の歌「終わりのアリア」も、この物語の核心に触れる歌詞が印象に残った。
終わりのアリア|KEIICHIRO SHIBUYA -BLOG-|honeyee.com Web Magazine

映像

映像を投影する舞台装置はすごいなあと思った。ステージ前面と背後、左右側面、ステージ右奥の箱にスクリーンが設置され、大きく奥行きのある映像が投影された。
キャラクターの存在感や奥行き感は良かった。この装置を使って、ボカロキャラクターのライブやその演出ができたら面白そうだと思った。

物語

物語は、初音ミクの台詞や歌、初音ミクと他のキャラクターとの対話で進む。抽象的な表現や、断片的な情報が多く、理解が難しい内容。他のキャラクターも、ネズミのようなキャラクターと初音ミクの容姿を持った謎のキャラクターで、何者かは最後まで明らかにされない。
これってこういう事を言っているんだろうか、という解釈を積み重ねて理解を進める感じ。少なくとも、分かりやすいストーリーのある物語ではなかった。

自分の理解をすべて語るのも面倒なので(むしろ語りたいのは、後半なので)、このオペラを見て受け取ったメッセージのうち、最も印象に残ったものを語る。

「THE END」の「初音ミクは死ぬのか」に対する答えは、「動かなくなった初音ミクを見ている人が、寝ている(また動き出す)と思えば生きている。死んでいる(もう動かない)と思えば死んでいる」だと私は受け取った。

最後のシーンでは、動かない初音ミクが浮いているのが見える中、初音ミクが歌う「終わりのアリア」が流れる。「死んでるように見える?それとも眠ってると思う?それはあなたが決めればいい どっちもそんなに変わらない」と歌う。
私は「寝ている」と思った。このオペラで走り回ったり、会話したり、歌ったりしている初音ミクを見ているうちに、私はこのミクさんに愛着が湧いたようだ。動いてる姿をもう少し見たい自分は、最後のシーンは「寝ている」と思った。

なので、終演後のカーテンコール、初音ミクが再登場しておじきした姿を見たときには、ちょっと安堵した。

もちろん、動かなくなった初音ミクを見て「死んでいる」と思った人もいると思う。これも1つの答えで、見る人によって「生きている」「死んでいる」が違うこともある。最後の問いかけは、それを言いたかったのだろう。

感想のような文のまとめ

今まで、初音ミクが死ぬのは「歌わせる人がいなくなった時」「歌う曲を聞く人がいなくなった時」と考えてたので、その考察を一歩進められた。
それは「見た人がまた動き出すと思えば生きている。もう動かないと思えば死んでいる」という事。実はこれ、初音ミクに限らない死生感なんだよね。
これを受け取った事が、この「オペラ」での収穫かな。

そして、初音ミクを使った作品だけでなく、「初音ミク現象」や「初音ミクとは何か」という話に以前から関心がある自分にとっては、そこを刺激される作品ではあった。

その刺激が、この記事の後半に繋がる。
後半:初音ミクのテーマ曲紹介のような随筆